2015年05月30日

第2話 J.CROW.D

前回の


第1話 キッカケ。



の続きをどーぞ。









「J.CROW.D」ではまさにアーティストとしてのキャリアをスタートさせた時期だった。


初めてのレコーディングに初めての撮影、初めての1000人超えのキャパのライブ、初めての県外、ラジオ、サインを覚えたのもこの頃、イベントの主催もやってた!


全国的にもヤンチャで有名なこの街だけあって、当時同じようにLIVEしてたメンツもクラブのお客さんや先輩も今に比べればスーパーヤンチャだったねw


おれも元々ヤンチャサイド(なんやそれw)に居た分、全く違和感なく溶け込めてたなw


初めて自主制作だけどCDも出した。今からちょーど10年前にオリジナルトラックは1曲で残り4曲レコードのInstだったけど、そのCDを仲間や家族にも協力してもらってむちゃくちゃ売りさばいたのを覚えてる!(あの時CD買ってくれた人見てたらありがとー!!)


昼は壁紙貼ったりする内装屋の見習いをやって、仕事が終われば集合して曲作ったり、MTGしたり、練習したり、いつも夜遅くまで音楽漬けになって、仕事遅刻したり無理言って休ませてもらったりしてめちゃくちゃ怒られてたりしたなー。


当時東京でジブさん達と活躍してた「OJ&ST」の九州ツアーを今でもお世話になってる先輩がやってて、一緒にライブさせてもらうことになって、2箇所だけだったはずが、急遽もう一箇所ライブさせてもらえる事になった時、内装屋の社長さんに「大事なチャンスなんで明日休ませてください!」って頼みこんだけど「いい加減にしろ!」って怒られてクビになったのを覚えてるわ。。


多くの人に迷惑かけながら、なんとか食いつないで、「J-DAD」とマネージャーだった「大ちゃん」と仲間と精一杯夢を追っかけてた事で、2枚目に出したCD(この時のCD買ってくれた人もありがとー!!)辺りでメジャーレーベルと契約する話までもらった。


だけど、相方との意見の食い違い等で契約は達することなく、その頃かな?前回出て来た「FAT BEAT」と毎月第2土曜クアカフェで開催してる「ONE MUZIK」(当時は第3金曜のエアスト)パーティーをやり出した。


LIVEはせず、MCとオーガナイザーって立場で時代が今の逆(ライブメインなイベントしkz盛り上がってなかった。)客入りに苦戦したけど、1年過ぎたくらいからみんなのおかげでお客さんも増えて今でも続くパーティーになった(現在は後輩達が仕切ってる)


「ONE MUZIK」が軌道に乗ってく中で「J.CROW.D」は逆に相方との関係がギクシャクして、結果解散する形に...








つづく。

dazzy at 20:45│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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《DAZZY プロフィール》
「さんピンCAMP」や「NIRVANA」などに14歳でROCKされた過去を持ち17歳 の時にバンドボーカルという形で音楽活動をスタートさせたが、ソロのアーティストに転身。
シンガーであるJ-DADとの交流をきっかけに1 MC&1 SINGERとして 活動、数々のLIVEをこなし「J.CROW.D」と名乗る。
2005年、2007年に発表したシングルは当時でも瞬く間に売れ渡り、九州 CLUBシーン「No.1」と誰もが認めるアーティストに成長した。九州TOURを成功させた事で九州のみならず西日本へもその名を轟かせる。
その経験をソロのアーティストに活かすべく「DAZZY」としてソロ活動に専念し、2012年2~3月にはフリーダウンロードという形でUS楽曲リミックスを4曲発表し、そのうち2本のMusic VideoをYou Tubeなどにアップする。
4月~10月にかけては正規配信曲「Runnin’」「 Paranoid」「HOT MAGIC」をデジタルリリースするなど等、持ち前の最先端プロモーション効果を駆使し九州でインターネッ ト上を最も賑わせたアーティストに成長した。
その勢いが認められ全国でも一番のHIP HOPファッション誌「WOOFIN'」が企画したDJミックスアルバム「MAN&WOMAN(ポニーキャニオン)」に唯一の九州アーティストとしてアルバムコンセプト曲「PARTY TILL THE DAWN feat.宏実&DAZZY/DJ 下拓」で参加すると、翌年2013年には「Lovin' You -The Book-」でiTunesヒップホップチャート4位を勝ち取るまで注目される全国規模のアーティストに昇り詰めた。
決して、順風満帆では無かった彼の家庭環境、音楽人生だからこその世界観とリリック。
そして彼を語る上で外す事の出来ない卓越したPARTY MCスキルから生み出される発想やLIVE感。
全てを引っくるめて、ローカルから全国へ駆け上がって行く集大成である「2014年DAZZY」から目を離すべきではないだろう。









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